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福岡高等裁判所 昭和52年(う)114号 判決

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人峯満が差し出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(事実誤認等の主張)について。

所論は要するに、被告会社は本件ブルドーザーにつき全面的な使用権限はなく、その運転手は有限会社三和重機の管理下にあり、被告会社としては日々の作業計画に基いて一定の作業を運転手らに与えていたにすぎないのであるから、労働安全衛生法(以下単に法という)三三条二項にいう「機械等の貸与を受けた者」には該当せず、従って労働安全衛生規則(以下単に規則という)六六七条所定の義務を負う者ではないのに、被告会社が三和重機から本件ブルドーザーの貸与を受けた者に該当する旨認定した原判決は事実を誤認した結果法令の適用を誤ったものである、というのである。

そこで原審記録を精査して考察するに、原判決の挙示する各証拠によれば、被告会社が本件当時実施中の原判示の丸善時津カントリークラブ造成工事の整地作業においては、ブルドーザー約一三台が使用され、そのうち半数は三和重機を含む他の重機業者らから運転手付きで提供を受けていたものであるが、被告会社が右提供者らに支払う使用料は、各ブルドーザーに備付けられたタスクメーター(タコメーターともいう)により測定された稼働時間の割合で一時間いくらという約束で、そのなかには運転手の労働賃金を含んでおり、月末締切り、翌月一〇日払で、チャーター料として支払われ、またその作業内容は被告会社が決定した日々の作業計画に基き、被告会社代表者である被告人小原または会社従業員によって個々的に指示され、右三和重機ら提供者らにおいて予めその完成すべき工事内容につきなんらの取極めはなされず、また工事見積り、工期決定などなされてはいなかったことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実からすれば、被告会社は有限会社三和重機の本件ブルドーザーにつき、法三三条二項にいう「機械等の貸与を受けた者」に該当すると認めるのが相当であり、この点につき原判決には事実の誤認および法令適用の誤はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(法令適用の誤、規則六六七条一号関係)について。

所論は要するに、被告会社代表者たる被告人小原およびその従業員は、三和重機派遣の運転手らにつき、毎日その作業状況を視察し、併せてその実際の技能を確認していたものであり、しかも本件現場で稼働した運転手らはすべて法定の有資格者であった事実が明らかであるから、被告人らが法定資格又は技能を特に確認しなかったことは、本法および規則が本来行政指導、取締の目的でなされ、その刑罰規定も極めて間接的かつ副次的なものであることに徴し、可罰的違法性を欠く、というのである。

そこで原審記録を精査して考察するに、所論のいう被告人小原の本件ブルドーザー運転手らに対する毎日の作業状況の視察および実際の技能の確認は、前掲証拠によれば、右運転手らの労働安全のためというのではなく、むしろ専らその作業能率に重きをおいてなされていたものであることが認められ、また右運転手らがすべて法定の有資格者であったことは認められるが、このことは量刑上有利な事情とはなっても、その故に確認義務の懈怠につき可罰的違法性がないとすることは、労働災害発生防止の見地から受貸与者にも法定資格の確認を義務づけた規則六六七条一号の法意を無視するものであって、結局は確認義務の否定につながるものであり、採用することができない。この論旨も理由がない。

控訴趣意第三点(法令適用の誤、規則六六七条二号関係)について。

所論は要するに、原判決は被告会社および被告人小原において、本件ブルドーザーの運転手らに対し、同人らと誘導者間の合図の方法につき通知しなかったというのであるが、誘導者の配置等を規定する規則一五七条二項、合図を規定する規則一五九条はいずれも事業者がその使用する労働者をして車輛系建設機械を用い作業する場合を規定したものであり、受貸与者自体について誘導者の配置を義務づける規定はないのであるから、その配置を前提とする合図等の方法につき通知しなかったことで被告人らが処罰さるべき理由はない。

仮に被告人らが規則一五七条二項にいう事業者に該当するとしても、同規則にいう「危険が生ずるおそれ」の判断は事業者にあるものと解されるところ、本件現場においてはブルドーザーの運転手は最初運んだ土砂を法際に留め置き、次に運んだ土砂を手前に置いてこれで前に留め置いた土砂を法下に落すという造成方法がとられていたもので、被告人小原はこの方法による限り誘導者を配置しなくともその安全上全く問題がないと信じていたのであるから、その危険を認識予見しなかった点につき過失があったとしても、法一一九条には過失犯を処罰する規定はないから、同法条により被告人らは処罰さるべきではない。この点において原判決には法令の解釈および適用につき誤がある、というのである。

そこで原審記録および当審における事実取調の結果を総合して考察するに、規則六六七条二号は、機械等の貸与を受けた者が、当該機械等を操作する運転手らとの関係で直接的な使用関係にないため、労働災害発生防止の見地から抽象的に必要と認められる事項をその運転手らに対し通知すべき旨を規定したものであって、その主体が事業者であると否とを問わないものと解されるから、原判決が、被告会社は機械等の受貸与者であると同時に事業者であることを前提とし、事業者につき規定した規則一五七条二項、一五九条により、本件現場において「誘導者の配置が義務づけられて」おり、「誘導者と運転手らとの間の合図の方法等を通知しなかった」と判示した点は相当でないと解される。しかしながら前掲証拠によれば、本件ブルドーザーの作業現場の状況は昭和四九年九月三日当時において、東西に伸びる谷地形の北側山腹部分を切り崩し、その土砂を南側谷方面に落してこれを埋め立てていたもので、谷側に面した傾斜部分は高さ約二〇メートル、傾斜角度約四〇度ないし九五度の断崖をなし、右傾斜面に近い埋立部分すなわち法際は地盤が軟弱であるため、重量のあるブルドーザーが崖近くに寄りすぎると転落等の危険が十分予想される状況にあったところ、被告会社としては誘導者とか見張人を配置することもなく、運転手が誘導者を希望する場合等の連絡、合図等の方法についても具体的な定めはなく、ただ日々の作業内容の指示のみであって、被告人小原としては、ブルドーザーの運転手である以上、その操作方法に誤りがなければ事故発生はありえないと考え、労働災害防止のため特段の措置は講じてはいなかったこと、ところが同月三日三和重機の本件ブルドーザーの運転手らの一人である金海竜は南側谷部分においてブルドーザー運転中転落して死亡したため、翌日労働基準監督官橋口利雄において現場を実況見分したところ、右ブルドーザーは南側谷部分の法面に対しほぼ四五度の角度で進入し、法際に寄りすぎた結果、法際約五〇センチメートルの地盤が崩壊し転落したものであることが判明したことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

これらの事実からすれば、被告人らは本件現場において労働災害防止の見地からして、受貸与者としては誘導者を配置することを義務づけられていたとはいえないまでも、法際の地盤軟弱の個所などブルドーザーの転落等危険の生ずるおそれある部分については見張人をおくとか、また赤旗をもって表示するとか、なんらかの明示方法を講じて本件運転手らに周知させるなど、労働災害の防止のため必要な「連絡、合図等の方法」を通知することを要したのに、かかる措置を怠った点において被告人らには規則六六七条二号の違反があったものと解するのが相当である。

なお所論は被告人らは本件現場においてその危険性を全く認識予見できなかったのであるから、法一九九条に過失犯処罰の規定なき以上処罰さるべきではない旨主張するが、本件事故現場においてブルドーザーの転落等危険発生のおそれがあったことは前記のとおりであるから、被告人らにおいて主観的にその危険性を認識予見していなかったからといって、規則六六七条二号の通知義務違反をまぬかれるものではない。論旨はいずれも理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により、本件控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安仁屋賢精 裁判官 杉島廣利 鈴木秀夫)

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